小説 カミュ「ペスト」を解説 – 不条理に立ち向かう人間を描く

フランスの作家アルベール・カミュの代表作『ペスト』。新型コロナウィルスが世界中で猛威を奮った2020年、日本でもこの名作小説に再び注目が集まりました。ひとつの街がペストという脅威に包まれていく中、人々の心情や行動の変化を克明に描いたこの作品について解説していきます。

「ペスト」が作られた時代背景

アルベール・カミュの『ペスト』は、1947年に発表された小説です。第2次世界大戦の終結からまだ2年も経過していない時期にこの小説は作られました。

第2次世界大戦はドイツや日本の降伏によって連合国の勝利に終わりますが、カミュの母国であるフランスは、特に被害が大きかった国でした。カミュが『ペスト』を書き始めたのも第2次世界大戦中のことです。ドイツ軍に占領されたパリから脱出して、生まれ故郷のアルジェリアで生活していたときのことで、カミュ自身、戦争に大きく巻き込まれる人生を経験しています。

作者カミュについて

『ペスト』を書いたアルベール・カミュは、アルジェリアの貧しい家庭で育ちました。父親は彼が生まれた翌年に戦死したために、カミュには父親の明確な記憶がありません。

父の死後、カミュは母親の実家で、彼の祖母や叔父と一緒に生活し始めましたが、聴覚に障害がある母親をはじめとして、この家には読み書きができる人が一人もいませんでした。公立の小学校に入学したカミュは、小学校の教師に才能を認められたことから、奨学金により高等中学校に入学し、その後大学の文学部を卒業したのちに、大学の研究所で働きながら、作家としての活動を始めました。

小説『異邦人』、エッセイ『シーシュポスの神話』などを発表し、小説『ペスト』はベストセラーとなりました。1957年、当時43歳だったカミュは史上2番目の若さでノーベル文学賞を受賞しました。

カミュ ペストをさらに理解する一冊

終わりなき災厄に見舞われたとき、人はそれにどう向き合うのか?そこに生きるひとびとの苦闘と連帯を描いた、ノーベル賞作家カミュの代表作『ペスト』の内容と文学的意義を、当時の時代背景やカミュ自身の体験をまじえて詳述。

なぜこの作品が作られたのか

カミュは北アフリカのアルジェリアで1913年に誕生しましたが、当時のアルジェリアはアフリカにおけるフランスの植民地の一つでした。カミュは幼いころに育ったこのアルジェリアという土地に強い思い入れを持っていましたが、大人になってから北アフリカを舞台にした小説として描かれたのが、この『ペスト』という作品です。舞台となっているのはアルジェリアのオラン市という実在する町ですが、物語はあくまで創作なので、この町でペストが流行したことはありません。

2度の大戦とスペイン内戦を経験したカミュは、生涯に渡って「不条理」をテーマに作品を作ります。ここでいう不条理とは突然人生の災厄として現れる困難、戦争や疫病などを指します。カミュ自身もレジスタンスとして活動するなかで、突然襲ってくる大きな不条理にどう対峙していくべきなのか、実体験を持って考えさせられることを余儀なくなれています。人間が不条理をどう乗り越えていくかを、偶像劇として描いたのが『ペスト』です。

カミュの自伝的映画

ノーベル文学賞を受賞したアルベール・カミュの自伝的遺作を映画化

リアリティ、多様性と曖昧さ

本作品は、ペストが流行していく様子が記録のように克明に書かれています。ペストの被害によって物語の中では多くの人が亡くなっていきますが、カミュはそれらの人に同情を寄せるような書き方をするのではなく、ただ起こったことをありのままに描写しています。これによりペストが広がっていくリアリティが表現されています。

また、この作品には様々な立場の人物が登場します。単一な視点ではなく、あらゆる困難に対する反応や立ち向かい方が描かれています。

カミュは本作品の作成に5年という月日を費やしています。ペストという敵に対して立ち向かう正義、という単純な二項対立の構造ではなく、グレーな部分やどちらとも言いきれない曖昧さ、単純な善悪では割り切れない“間”をカミュはペストの中に書いています。

作品の魅力について

2020年に世界的なレベルで流行した新型コロナウイルスは、改めてこの作品に対する多くの人の関心を集めました。まるでノンフィクションのようにリアルに書かれたこの作品を読むことで、困難な状況に遭遇した人間がどのように反応するのか、どうやって協力していくべきなのか、立ち止まって考えるきっかけを与えてくれるのではないでしょうか。

Editor's voice

カミュのペストの中には本当にいろんな人のいろんなストーリーが描かれており、好きになるシーンや印象に残るセリフは読む人それぞれで変わるんだと思います。

その中でも、リウーとタルーが海に入って泳ぐシーン。これまで命をかけて、自分たちができることに取り組みつづけてきた二人が本音で語りあい、お互いの友情を確かめ合うシーンが印象に残っている方も多いのではないでしょうか。ほんとにいいシーンですよね。

カミュは生涯を通じて不条理をテーマにして執筆活動をつづけていくわけですが、戦時中という過酷な状況にもかかわらず、仕事をつづけてレジスタンスの活動もしながら執筆をし、43歳という若さでノーベル文学賞をとるまでに至ったバイタリティには驚かされます。

自分自身も様々な不条理な状況に投げ込まれるにもかかわらず、結論を急がず、白黒はっきりつけられない部分が人間や世界にはたくさんあって、それをどちらと決めつけづに双方の立場に立って考えるべきだ、という哲学を持っていたカミュという人はとても優しい人だったんだと思います。ぜひ原作を読んでいただきたい一冊です。 - Muneaki Suzuki


参考文献

カミュが打ち立てた「不条理の哲学」|NHKテキストビュー
https://textview.jp/post/culture/33356

名著77 カミュ「ペスト」:100分 de 名著
https://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/77_camus/index.html

(特別編)「ペスト」が洗い出す凡庸な人間の非凡な強さ―
―カミュ『ペスト』 |やりなおし世界文学 津村記久子 - 考える人 新潮社
https://kangaeruhito.jp/article/14028

TOP画像:出典 wikimedia - パブリック・ドメイン

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