第51回アカデミー賞受賞、第44回ニューヨーク映画批評家協会賞作品賞を受賞した「ディア・ハンター」は、アメリカン・ニューシネマと題される作品で、ベトナム戦争を題材にした映画の中で最高傑作の一つと称されています。ベトナム戦争によって傷を負った帰還兵たちの苦悩や友情を描いており、日常から突然一変する戦争の狂気は平和について考えさせられます。
ディア・ハンターが生まれた社会背景
1940年代は観た人に夢や幸せを与えるハッピーエンドが主流でしたが、1950年代から観客動員数やコストなどの都合で、映画製作は徐々に縮小されていきました。多額のコストをかけられなくなったため、映画業界では低予算映画が主流となっていったのです。また、1960年後半に参戦したベトナム戦争によって、アメリカ全土に反体制ムードが広がっていき、個人の無力感を描いた映画が多く作られるようになります。アメリカでは、New HollywoodやThe Hollywood Renaissanceと名付けられ、日本ではアメリカン・ニューシネマと呼ばれていきます。1978年に公開されたディア・ハンターは、アメリカンニュー・ニューシネマ末期の作品の一つです。

ベトナム戦争中、1969年3月と6月に行われた、ジョン・レノンとオノ・ヨーコによる「平和活動 ベッド・イン(Bed In)」のパフォーマンス。アメリカ全土に反体制ムードが広がっていた。
From wikimedia Commons/File:John_Lennon_performing_Give_Peace_a_Chance_1969.jpg 2 Dec 2020(UTC) License=CC BY-SA 2.5
監督 マイケル・チミノがなぜこの作品を作ったか
ベトナム戦争終結後、帰還兵のトラウマや参戦したアメリカの社会不安が問題になりました。参加した兵士だけでなく、待っている人の心も不安定になり、不安や不満が溜まっていったのです。過酷な戦争体験による苦悩やかけがえのない友情、助けられない命などを描きました。考えを主張するための映画ではなく、人々の人生を語る映画を作るとマイケル・チミノ監督は語っていたそうです。ちなみに、当初はルイス・ガーフィンクルとクイン・K・レデカーが執筆したThe Man Who Came to Playを原案として撮影する予定でした。ラスベガスでロシアンルーレットをするストーリーで、ベトナム戦争とは全く関係がありません。プロディーサーのマイケル・ディーリーらの判断で、内容をベトナム戦争に置き換えて作ったそうです。
映画の名シーン、名台詞
全編183分という長尺にもかかわらず、戦場でのシーンは1時間もありません。短い時間ながらも戦争の悲惨さや狂気を描き、戦争映画の不朽の名作として語られます。観客に強烈なインパクトを与えるロシアンルーレットは有名なシーンです。敵軍の捕虜として捕まり、ロシアンルーレットを強要される様子は、人間の狂気を残酷なまでに表現しています。出征前、最後の鹿狩りでマイケルが発する「One shot is what it's all about. A deer has to be taken with one shot.( 1発が全てなんだ。鹿は1発で仕留めなきゃいけない)」はラストへの伏線です。1発という単語は、ロシアンルーレットと関連付けられ、本作の象徴ともいえる重要な言葉となります。あまりの衝撃的な展開に、心を揺さぶられる人が続出しました。
デニーロ、クリストファーウォーケンの名演技
主役のマイケル扮するデニーロは穏やかながらも強い存在感を表現し、脇役を引っ張っていく姿は観る人を惹きつけます。どこにでもいそうな狩り好きの若者が、戦争という狂気に囚われていく様子が強烈です。役作りにおこなっているデニーロ・アプローチは今作でも健在で、映画の舞台であるピッツバーグに撮影前から泊まり込んでいたそうです。ニック役のクリストファーウォーケンの演技も高く評価されています。戦争での悲惨な体験から精神が壊れ、好青年から変貌していく様子が印象的です。役作りのために1週間、水とバナナと米のみで生活し、戦争の後遺症で疲弊しきった男を演じ切っています。高い演技力が評価され、本作でアカデミー賞 助演男優賞を受賞しました。
この映画が伝えたかったこと
戦闘シーンがほとんどないにも関わらず、戦争の恐ろしさを嫌というほど感じさせる映画です。戦争によってもたらされる影響が、どれほど凄惨なものかを戦争に行かずとも実感させられます。帰還兵の視点で描かれるありふれた日常からの変化は、戦争の悲惨さを強く訴えているのです。ベトナム戦争を題材にした映画の中でも、戦争の狂気を描き切った傑作ではないでしょうか。
“Editors Voice”
ディア・ハンターとの出会いは、BSか何かのテレビ番組で岩井俊二監督のフェイバリットフィルムとして、しみじみ岩井監督が「いい映画ですよね」と繰り返し言っていたことがきっかけだったと思う。デ・ニーロとクリストファー・ウォーケンの演技は言わずもがな、スタンリー役を演じたジョン・カザールは撮影前から癌を患っており、それを知った制作側が降板を申し出たところ、当時恋人だったメリル・ストリープやデ・ニーロが彼が降板するなら、自分たちも降板すると掛け合って、最後まで撮影が行われたとか。結局、カザールは撮影公開前に命を落とし、結局この映画を観ることはなかったという。映画と現実の二重のドラマがかけ合わさっていることが、この映画が人々の心に何かを残す一つの要因になっているのかもしれない。テーマ曲のあのギターの音色を聞く度に、胸がきゅんとなる人も多いのでは。改めて、いい映画ですよね。
監督 マイケル・チミノ
脚本 デリック・ウォッシュバーン
公開 1978年
出演者
ロバート・デ・ニーロ
クリストファー・ウォーケン
ジョン・カザール
ジョン・サヴェージ
メリル・ストリープ