平安時代初期の僧、弘法大師として知られる空海によってつくられた東寺の"立体曼荼羅"は密教彫刻の最高傑作といわれ、東寺が空海の教えと共に1200年もの間守り続けてきた不朽の名作です。これらの仏像群は国宝に指定されているものも多く、迫力ある姿は時空を超えて空海の教えを現代に伝えています。
"3D" で密教を表現した空海
空海の指導の下につくられた立体曼荼羅は全部で21体の仏像で成り立っており、承和6年(839年)6月15日に完成しました。その多くが乾漆を併用した木彫像で、五仏(五智如来)と五菩薩、五明王、その他に四天王と帝釈天、梵天を加えた構成となっています。
東寺の御請来目録にある通り、これらの仏像は「文章であらわすことが難しい密教の教えを絵画として曼荼羅で表現しているけれども、それでも理解できない人々のために仏像にした」という目的でつくられました。つまり、空海は「文章で理解できないから2次元に、それでもダメなら3次元にしよう」というコンセプトのもと実現したものなのです。この空海の発想は当時としてはイノベーティブで、現代のVRやARといった発想に近いものがあります。天才と呼ばれる空海ですが、日本最初のアートディレクターでもあったといえるかもしれません。
如来、菩薩、明王
空海は、遣唐使として唐に渡り密教の教えを日本に持ち帰りました。帰国後には天皇から東寺を託され、自らの教えの中心地として講堂を建築。その内部に密教の究極の教えを伝えるため誰も想像できないような空間、立体曼荼羅をつくったのです。密教の世界観をわかりやすく表現するために3Dという手法を使った空海ですが、その世界観は大きく分けて、如来、菩薩、明王の3つに分類されています。
如来とはサンスクリット語で「真実から来た者」という意味を持ち、如来自体が真理そのもので万物をつかさどるといわれています。東寺講堂の5つの如来像は文明十八年(1486年)土一揆で焼失し、明応六年(1497年)に再建されたものですが、全てが重要文化財に指定されています。中央5体の如来像の中でも最も重要とされる大日如来は、東寺の中心となる場所に配置されました。
菩薩とはサンスクリット語では「悟りを求める者」という意味。向かって右側に配置されている五菩薩は人々を救うために五智如来が化身したものとされ、出家以前の釈迦がモデルであるといわれています。なお、五菩薩のうち金剛波羅密多菩薩座像は江戸時代に補修されたものです。
明王とはサンスクリット語で「真実を伝える者」の意味。人々を煩悩から守る役割を持っています。左側には荒々しい怒りの形相の五大明王が配置されています。その不思議な姿からヒンドゥー教やバラモン教の神々が取り込まれたものともいわれ、個性的で力強い姿が目を引きます。
力強く印象的な明王たち
国宝の降三世明王立像は、4つの顔と8本の腕を持つ変わった姿をしています。正面から見える顔は3つですが、実は後ろに光背から覗き見るようにもう1つの顔があります。2本の足で力強く踏みつけているのは夫婦のシヴァ神。踏みつけることでヒンドゥー教を抑えるような力があるということをアピールしています。

大威徳明王は足が6本あるばかりか水牛にまたがっています。水牛はインドでは死神であるヤマ神の乗り物とされており、大威徳明王はヤマ神を倒すために生まれた仏であるため、倒したい相手であるヤマ神の乗り物の上に座っているという設定のようです。どことなく可愛らしい水牛の表情もあり、全体的にユーモラスな雰囲気をも感じとることができるでしょう。
優雅な菩薩坐像と精悍な帝釈天
国宝 金剛法菩薩坐像は、すらりとしたプロポーションが印象的な仏像と言えるでしょう。弾力を感じさせるほどの皮膚感と柔らかな法衣のひだがその美しさを引き立てています。
精悍な顔立ちが「イケメン」と女子から人気なのが帝釈天半跏像です。金剛杵を持ち、白象に乗っている姿は凛凛しいながらも独特な落ち着きを感じさせます。頭部は平安時代のものではなく後に補修されているため、優しく穏やかな表情になっているともいわれています。

立体曼荼羅を鑑賞して密教のパワーに包まれよう
空海作の立体曼荼羅が安置されている東寺講堂は密教を伝え広めるために建立された建物で、元々は僧侶たちの修行の場でした。そのため、一般の人々はこの貴重な仏像群を目にすることはできませんでした。限られた者しか見ることのできないものだからこそ、そのありがたさは相当なものだったと言えるでしょう。現代に生きることでこれらの仏像を存分に鑑賞できるのです。好みの仏像をじっくり鑑賞するのも良いですし、時には空海の生きた時代に思いをはせながら、壮大な密教のパワーに包まれてみるのも良いでしょう。
東京国立博物館と凸版印刷が共同作成したVR作品『空海 祈りの形』 特別展「国宝 東寺-空海と仏像曼荼羅」との連動企画として 「TNM & TOPPAN ミュージアムシアター」にて上演された。(現在は終了)
“Editors Voice”
空海というのは知れば知るほど不思議な人物で、この立体曼荼羅のアイデアもすごいですが、20年の予定だった唐への留学をたった2年で終わらせ"爆速"で密教を習得したり、唐で学んだ土木技術で香川県 満濃池の土木工事をわずか3ヶ月で完了させたり、今でもマジかよと驚かずにはいられないエピソードを読むと、本物の天才だと言わざるを得ません。
Wikipediaによれば、空海に関する伝説は北海道を除く日本各地に5,000以上あるといわれ、空海が移動できるはずもない数だそうです。想像するに、空海の噂が全国に広まっていくと同時に"自称"空海がわんさか出たり、マーケティング的に空海の名前を拝借する輩が出たり、当時の空海も大変だったんだろうなといらぬ想像をしてしまいます。 - Muneaki Suzuki